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2018年12月7日金曜日

オキシトシンの表と裏。

先日、読書会に参加いただいている方から一冊の本をお借りしました。



他人を引きずり下ろす快感(笑)なかなかなタイトルです。

私は「シャーデンフロイデ」という言葉をこの本で初めて知りましたが、他人を引きずり下ろしたときに生まれる快感のことを言うそうです。

例えば、成功者してる人のちょっとした失敗をネット上で糾弾し(炎上ってやつですね)、で、喜びに浸るとか。コワイコワイ。

実はこの行動の根幹には、脳内物質の「オキシトシン」が深く関わっているというのです。

絆ホルモンとか、愛情ホルモンとか癒しとかという言葉と必ずセットになっている、あの「オキシトシン」です。

実際、「オキシトシン」は母子間など、人と人との愛着を形成するために欠かせないホルモンであるのは間違いないのですが、最新の研究では「妬み」感情も高めてしまうことが分かってきたそうです。

内容的には「オキシトシン」だけで説明するのは…と思う所もありますが、少なくとも「オキシトシン信仰」へ一石を投じる内容ではあると思います。

代替医療の中ではここ数年いろんな場面で「オキシトシン」の良い面ばかりが強調されています。「オキシトシン」だけでなく瞑想なんかも同じだなって思います。

まるで〇〇ダイエットみたいに感じるのは私だけでしょうか?

ヨーガや仏教では「愛」ではなく「慈悲」という事が言われますが(愛は苦(執着)を生みだすと言われます)、慈悲はこれだけやっていれば慈悲が高まるというものではありません。身体や呼吸、教えや、倫理観、道徳観、様々な要因が折り合わさって初めて慈悲の力が高まると言われます。

当たり前っちゃ、当たり前です。
絆にしろ、癒しにしろ同じことです。
でも私たちはすぐに簡単なものに飛びついてしまう(笑)

身体だってとっても複雑なのに、心に関わる事がこんなに単純なわけありません。
頭が痛い→頭痛薬を飲むということは嫌がるのにね。

言葉によって、猛烈にマイルドに感じるるようにしむけられているだけな気がします。

単純なことを複雑にしないでよ
複雑な事を単純にしないでよ

大好きな真心ブラザーズの歌詞の一部ですが、何につけても言える事ですね。


2018年11月25日日曜日

ワーク・ライフ・バランス? ライフ・ワーク・バランス?

先日、ぼんやりテレビを眺めていたら、ワーク・ライフ・バランスについてやっていました。なにげに私は30代に入ったころから、「働く」ということを結構真剣に、ずっと考えています。



「働く」ってなんでしょうねぇ。難しい問題です。働くの中には生業も当然はいります。生きていくにはお金は必要ですしね。20代の頃は生業=働くでした。だからだから、当然の如く生業とする業種や働くスタイルにもこだわっていたように思います。

でもそんな風に過ごしていたから、気づいたら極端に仕事中心でバランスがすごく悪くなっていました。仕事も好きだったし、毎日も充実していたし、多分はたから見たら、結構楽しそうに見えたと思います。

実際楽しかったのですが、これなんか違う…。

東京から実家に戻った時、今まで見たいな働き方はしない!という事は決めていました。具体策は特になかったですが、とりあえず名古屋に戻ってから、不規則に働くのではなく、派遣であえて残業も全くない9時5時の事務仕事についてみたり。失業手当で過ごしてみた時期もあります。この3月までは時短で働いて、ヨーガの仕事をしていたり。

かなり試行錯誤&迷走(笑)

でもこの試行錯誤の中で少しわかった気がします。「働く」ということが。生業だけではない「働く」を。農業で自分たちの食べるものを作るのも当然「働く」。家族のために食事を作ったり、洗濯を干したりするのも「働く」。もちろんお金を稼ぐのも「働く」。

20代の頃は「働く」が一点豪華のスーパーサーロイン丼だったのが、今は彩り幕の内弁当。なんかね、あの頃より、稼ぎは減ったけど(←いいのか?)困るほどではないし、確実に充実度も楽しさも、心の豊かさも増えてると思うのです。
まぁお金はあるにこしたことはないけどね!(笑)

今は働き方改革という言葉もしきりに言われるようになり、ワーク・ライフ・バランスという言葉もよく目にしますが、この言葉、結局発想が「仕事軸」だから残業減らすとか休日増やすとか、仕事の効率化という事ばかりに目が言ってしまうのはないかと思うのです。

ライフ・ワーク・バランスで考えてみると、また違った景色になると思うんです。そうすると働くことの意味や目的も深まり、結局いい仕事に繋がっていく気がします。

理想論?
でもワーク・ライフ・バランスじゃなくてライフ・ワーク・バランスだよね、なんて思います。

2018年11月23日金曜日

双子のアーユルヴェーダサロンに行ってきました♪

昨日は寒かったですねぇ。
いよいよ、冬到来なかんじですね。
我が家はストーブも毛布もコートも準備万端(笑)
ストーブの温かさがたまりません。

さて、昨日は午前中のプライベートセッションの後に、
本山にあるアーユルヴェーダサロン・elaela(エラエラ)さんに行ってきました。
久しぶりの本格的アーユルヴェーダ。



こちらのサロンのセラピストのお二人は双子さん。
二人でおこなうツインアビヤンガをしていただいたのですが、
さすが双子!息ピッタリすぎ!!

久しぶりに自分のドーシャを確認してもらったら、
カパ・ピッタ。
ある意味納得(笑)

まずは、ヘナをいれて足浴。
今の私にあうオイルを選んでいただき、
施術していただきました。

温かいオイルでのマッサージは本当に気持ちよくて、
気づいたら寝てしまっていましたが、
アロマともまた違うほのかに香るオイルの香りも良かったです。

アーユルヴェーダは伝統的な3大医療の一つで、
ヨーガとも関わりがあり、ヨーガセラピストでも
取り入れている人はたくさんいらっしゃいます。

わたしはナマケモノなので、
基本プロにおまかせ(笑)
餅は餅屋です。

しかもelaelaさんのお二人は元ナース。
なんだかそれもちょっと安心です。

さて、もう11月も下旬。
年末に向けて、そして、来年からの準備に向けて
もう一度エンジンをかけなおすことができました!!

来年は関西でも再び活動し始める予定です♪
その辺はまた後日…。




2018年11月3日土曜日

自分のルーツを感じる時間。

今日は、祖父の50回忌の法要でした。親戚一同が久しぶりに勢ぞろい。(50回忌なので私は祖父に会ったことはありません)

今回の法要では祖父と付き合いの深かった、菩提寺の前住職がお経をあげてくださいました。前住職のお経はなんだか優しくて、昔から好きでした。来年はこのお寺も500周年を迎えるそうです。

この菩提寺とは明治の廃仏毀釈の頃からのお付き合いだそうです。当時、苗木藩の廃仏毀釈は非常に激しく、隣の久田見にあるこのお寺に駆け込んで、ご先祖の戒名だけとにかく預けたのだそうです。久田見は尾張藩。尾張藩は仏教を保護していたので現在でも愛知県はお寺さんが日本一多い県だったりします。

そんな昔ばなしにも花が咲き、市岡のルーツの話になりました。一番最初の人は福井県辺りの僧侶が還俗して岐阜に来て…という話もありますが実際のところは、よく分かりません。

ただ、今のこの土地に建てた最初の家はこの木札が残っているので宝暦14年(1764年)だったことは分かります。この木札の石井九兵衛さんという方が棟梁のようです。が、なぜか、うちのお墓にはこの石井さんのお墓もあります。どんな関係だったのか全く分かりませんが…。


初代からのお墓も残っていますが、今のお墓とは随分違うので、どれがどの人なのか、ちょっと私には分かりません。ただ、こうして、綿々と繋がって今の自分がいるんだなぁというのは、なんだかとっても感慨深いものがあります。

法事とかってちょっとメンドクサイと感じる人もいるかもしれませんが、関わりのある人や親戚が集まりアレやコレやと話すのは、結構楽しいものです。自分のルーツをもう少し色々調べてみたいなぁなんて思っています。

2018年10月26日金曜日

日帰り弾丸高野山。

昨日は調べたいことがあったので日帰りで大学に行ってきました。

5時間移動 → 5時間滞在 → 5時間移動。
ザックリこんな感じです(笑)

昨日はすご~く天気も良く、青空に根本大塔の赤がひときは際立っていました。



紅葉も始まっていて平日とはいえ観光客の方もたくさんいらしていました。


とはいえ、ここは標高約800m。
15時を過ぎたあたりから、確実に冷えてきました(笑)
寒いのではなく冷たくなっていく感じが、まさに山の冷えかた。
それなりにストールやら薄手のコートやらを持ってきていましたが、図書館でじっとしていると冷える、冷える…。
次行くときは、ガッツリ冬装備で行こうと思います。

しかし、大学の図書館の書庫は本当に宝の山。
何度入ってもテンションが上がります。昨日は前もって確認したい資料を調べておいたのでスムーズ過ぎるほどスムーズに調べ物が進み、なんだか満足度もいつにもまして高い感じです。

この資料をもとに、ボチボチと修士論文に向けて頑張ろうと思います。あぁ先は長い!!(いや短い!!)

2018年10月16日火曜日

グレースサロン・ヨーガサークル

約5年半続けていたグレースサロン・ヨーガサークルが昨日終了しました。皆さま、長い間ありがとうございました♪

皆さんからいただいたお花です。

私だけでなく、おそらく参加者の皆さんがこんなに長く続くとは思ってもいなかったはず(笑)私も当初はどうなるかしら…と思っていました。でも5年。長くてあっという間で、それぞれに色々な変化があった月日でした。

あの頃、私が持っていたヨーガってこういうものという定義はサークルのメンバーの皆さんに見事打ち砕かれ(笑)笑い声と、おしゃべりが絶えないクラス♪

仕事の事、ご家族の事、お友達の事、健康の事、本当に色々なお話をしながらのヨーガのサークルでした。私の知らない世界を沢山教えてもらいました(^^)

なんだか全く終わった気がしませんが、(これからはヨーガではなくお忍びの会に!?)仕事やお子さんの成長等々、5年たつと皆さんの状況も変わり、一旦ここで終了することとなりました。

ときどきは思い出してやってみてくださいね~。

本当にありがとうございました&これからもどうぞよろしくお願いします♪

2018年10月4日木曜日

人形供養@大須観音

今日は年に一度、大須観音で開かれる人形供養に行ってきました。


大須観音、ものすご~く久しぶりに足を運びましたが、真言宗のお寺さんだったんですね(笑)いまさら…ですが。こちらは智山派のお寺さんです。ちなみに犬山の成田山も真言宗の智山派。同じ真言宗でも智山派と高野山派では大分趣が違っているので、寄らせていただく時はいつも興味深く読経などを聞いて見ています。


今回は私が生まれた時に購入した日本人形を3体ほど供養させていただきました。昔は髪の毛が伸びるんじゃないかとビビってましたが(笑)こうして手元から離れると、ちょっと寂しいもんですね。

今回は父が久しぶりに大須に行きたいと言ったので、あちこち寄りながら通常1時間くらいで行ける道のりを2時間くらいかかって到着。

昔と変わらずあるお店もあれば、町全体がガラッと変わってしまった場所もあるようで、色々と昔話を聞きながらの道中でした。若い頃は大須周辺に住んでいたようで、父が初めて酒を呑んだお店も健在でした!!←テンション上がってました(笑)

他にも、ある道路はそれまでは砂利道だったところが、皇室の方がいらっしゃることになり慌てて造成された道だとか。名古屋の街を走っていた市電の話とか。もう半世紀近く前の話です。

あ、あと大須の演芸場がすごく賑わっていました。約10年前、東京から戻って久しぶりに落語を!と思って演芸場に行ったときは、まぁまぁまぁ(笑)さびれていまして。劇場入ったら、観客は私入れて二人。トイレに行こうと立ったら、演者の人にどこいくの?と言われた思い出があります。

また、大須演芸場にも行ってみようかなぁ。


2018年9月20日木曜日

朝起きて身体を温める。

私は割と早起きです。いつもだいたい3:30~4:00の間に目が覚めます。大学生の頃は三年寝太郎状態でしたが、仕事の都合もあり自然と早起きの習慣がついてしまいました。ちなみに、よく低血圧の人は朝が弱いと言いますが、もれなく私は低血圧(笑)

色々は本などにも書かれていますが、確かに早朝はゴールデンタイムです。何より静かですし、頭がスッキリしているので、なにかと捗ります。

朝起きて一番最初に行うのが白湯を飲むこと。これがないと一日が始まらない感じです。私のスタートボタンという所です。この白湯以外にも色々とルーティンがあるのですが、数か月前にその順番を入れ替えてみました。

いままでは白湯を飲んだ後に本を読んで、ブログを書いたりメールチェックしたりと、わりとじっとしていることを入れ、その後に15分掃除を入れていたのですが、白湯と読書の間に15分掃除を入れるようにしました。

どうしてそうしたのかというと、朝、身体を温めると一日の出だしがスムーズと本で読んだから(笑)本では熱めのシャワーを浴びることを進めていましたが、私はヨーガした後にシャワー浴びるので、朝に2回もシャワーを浴びるのはめんどくさい…、ということで、白湯を飲んで、まずは15分の片づけをすることにしました。

これがなかなか良い!!

朝一番で部屋が片付くのも清々しい気持ちになって良いのですが、15分の掃除って良い具合にじんわりと身体が温まります。自然に活動モードに切り替わる感じです。それともう一つは不思議な事にお昼の変な眠たさが解消されているように思うのです。これが朝の片付けのおかげなのかは分かりませんが、確かに一日の出だしをかえたことで、非常にスムーズな一日を過ごせているように思います。

ほんのちょっとのことですが、結構変わるもんですね。
でも色んな意味で15分掃除はおススメです♪


2018年9月18日火曜日

穴のあいたバケツ。

穴のあいたバケツを思い浮かべてみてください。このバケツは全てが同じ規格でできているわけではありません。丈夫なバケツの人もいれば、大きなバケツの人、錆びたバケツの人、小さいバケツの人色々です。

あなたのバケツはどんなバケツでしょう?

バケツからは水が漏れています。
この水は私たちのエネルギーです。もちろん、このエルネギーは肉体的な事だけではなく、精神的なエネルギーも含まれています。

生きているかぎり、エネルギーを使うわけですから、常に漏れています。その漏れた分を補充するように、私たちは食事をしたり、休息をとったり、趣味をして楽しんだり、ケアをしたりしながら補充します。

このバケツの内側にはある位置にラインが引かれています。ここが「枯渇水域」の目安です。ここを越えて枯渇し始めると心身に不調が出始める一つの目安です。もう一つ下にもラインがあります。これは危険ライン。ここを越えたら、何かしら心身に症状が出始めます。

この枯渇水域の線を下回らない限りにおいては、エネルギーは増減を繰り返しながらも回復をしています。そして、簡単に回復は可能です。

しかし、バケツの穴から漏れる水は常に一定ではありません。多くのストレスを感じたりしている時は量が増えてしまいます。またバケツ自体のメンテナンスをしていないと、バケツが脆くなり壊れてしまうかもしれません。また大きなバケツの人だと大丈夫でも、小さなバケツの人には大ダメージの場合があります。

昔は平気だったのに…とか、同じ状況下にいてもある人は平気にしているのに、ある人は疲労困憊…ということありますよね。

さて、今のあなたのバケツの状態はいかがでしょう?

枯渇水域のラインを下まわまらない時は水はスムーズに増減を繰り返しているので特に問題はありませんが、枯渇水域を下回ったり、危険ラインを越えてくると、水をためるのに時間も労力もかかります。と、同時に、バケツ自体が脆く小さくなっていくのです。

まずは水が枯渇水域ラインより下にならないように気をつけることが大切。

同時に、補充する水にも気をつける必要があります。いきなりどーっ!!と大量の水を投入しても、溢れてしまって効率が悪かったり、バケツ自体が弱っている時は、バケツが壊れてしまったり、穴が大きくなってしまったりという事があります。

たとえば、とにかく我慢して、がんばって、ふんばって、歯を食いしばって、で、ハワイに行く!!というパターンのストレス解消。
もちろん、悪くないのですが、これだと、脆くボロボロになった小さなバケツに、一気に大量の水を注ぐことになります。

ですから、補充する水も適量がいいわけです。そして、この適量の水はバケツそのものを強く大きくしてもくれるのです。

多すぎず、少なすぎない適量の水。
例えば、昼食。本当に忙しい時もありますが、毎日ではありません。しかし、忙しい癖がついていると、無自覚にパパっと済ませてしまいます。でも15分で良いのでゆっくり食事をしてみてください。実はこれだけで、バケツの水が適度に補充されます。

15分って一日の1%です。1%くらい自分のために使ったってバチは当たりません。

後は、日中、5分程度、休息する時間をところどころに入れるなどです。5分なんてあっという間ですがこれは結構な効果があります。そんな時間はない!といわれる方も多いですが、本当に忙しい人ほど、ちゃんとそういう時間を取っているものです。

こまめな休息。実はこれが適量の水を補充する一番簡単な方法なのです。




2018年9月15日土曜日

人生を上手に生きる一つの視点

「私たちは、何の準備もせずに人生の午後に足を踏み入れる。さらに私たちはその時、真実や理想がこれまで通り変わらないという誤った前提と共に足を踏み入れるのだ。だが、午前中の計画に沿って人生の午後を過ごすことはできない。午前中に素晴らしいと思えたことは夕方にはそうでなくなり、午前中に真実だったことも夕方には嘘になる。」

これはカール・ユングの有名な一節で、人生を上手に生きる為の一つの提言です。

午前中というのは人生の前半。若い頃です。若い頃の思いや信条をそのまま引きづっていると思うようにいかずに悩んだり、苦しんだりします。

例えば、幼い頃の親子関係を50歳、60歳になっても引きずっている人がいます。色々な考え方がありますが、一つ言えるのは、幼かった私たちは、すでに十分な大人になり、体力も経験も智慧を持っているという事です。一方で、当時若かった親は既に高齢になり、体力、気力も衰え昔のような勢いはなくなっています。

ところが、若い頃(午前中)の前提を手放すことなく、そのまま持ち込んでいると、いつまでたっても、それどころかその前提であるフィルターはどんどん濃いものになっていきます。

親子関係だけではありません。仕事の仕方、向き合い方、友達との付き合い方…すべてにおいてやはり午前中の前提を引きずっていると何かと問題や摩擦が生じます。私はこうだから…と四半世紀以上も前の子供の頃のことを話される方はよくいらっしゃいますが、今の自分が本当にそうなのか確認してみる価値は十分にあります。

私たちは変化し続ける存在です。
常に、今の自分はどうなのかという視点とともに、古いものを手放すことも大切な習慣の一つだと言えます。

2018年9月14日金曜日

メーク=コミュニケーション。

私は、あんまりメークが上手ではありません。
ちょっとやると、それはそれはやる気ギラギラの顔になってしまいます(笑)
デパートなどの化粧品売り場でやってもらうと、ちょっと困った事になってしまった経験も数知れず…。

そんなことと、めんどくさがりが相まって、軽~いメーク(昼過ぎにはほぼスッピン…)という、ずぼらナチュラルメークです。

先日、ある本を読んでいたところ、一つのメーク方法しかないのはカッコ悪いと書いてありました。ドキッ!!一つどころか…ですがな。

ということで、本の中からむか~し買ったボビィブラウンの本を引っ張り出してきました。これには3分メーク、5分メーク、(←結局、楽)フォーマルメークとTPOに合わせたメークのアレコレが載っていて、結構使えるんです。

ちなみにこれです → ボビィブラウン 究極の美容バイブル
(私もこんなん読んでいたころがあったわけです・笑)

パラパラめくりながら、メーク=コミュニケーションというボビィブラウンの思想が好きで買ったんだった~と思い出しました。

例えば、この3分メークや5分メークではファンデーションは使いませんが、チークは使います。なぜチークは使うのかというと、相手を心配させるような血行の悪い顔色は良くないという気配りです。

こういう美容哲学は結構好きです。なんせ手軽だし(笑)

でもこの3分、5分メークをちゃんとしようとすると、問われるわけです素肌が!
血色、ハリ、ツヤ、柔らかさ。
あぁすべて欲しい。

なんだか妙な美容心に火がついた今日この頃です。

2018年9月13日木曜日

ケアの基準は身体のサイン。

よく、どんなセルフケアがいいのか?という質問を受けます。まぁ個人的にはヨーガがいいと思いますが(笑)、何が良いセルフケアなのか?という基準ではなく、自分の身体のサインを基準に考えてみるといいのではないでしょうか?

身体って本当に面白くて、ちょっと観察する目をもって見ると、結構、好奇心が沸いてくるというか、興味が沸いてきます。

例えば、腰が痛い時。
何処から痛いのか?どんな痛さがあるのか?その時、足の裏はどうなっているのか?体温はどうか?冷えているのなら、どこを温めると一番効果的なのか?…などなど。

調子が悪いというのは楽しいことではないけれど、一方で一つのチャンスでもあります。なぜなら、身体が「ケアして~!!」とサインを送ってくれているのだから。

良いセルフケアは何か?と探すより、そのサインを信じた方が手っ取り早いし、簡単です。私は、20代の頃に手術をして、身体を中心に据えて自分の生活を見直そうという感じにシフトチェンジしてきましたが、これは40歳を過ぎてからでも遅くないと思っています。

特に女性は40代半ばを過ぎると、身体がどんどん変化してくるので、そういう意味でも身体のサインをキャッチできるようにしておくのは、セルフケア的には一番大事かもしれません。

健康ジプシーでやみくもにアレコレと手を出してきた私が、結局たどり着いたのは身体のサインに忠実に従ってケアをすればいいという、とってもシンプルな事でした。(そのためにもねヨーガっていいのよ♪)

まずは一箇所だけ部位を決めて毎日、チェックしてみると面白いと思いますよ。

2018年8月31日金曜日

セルフケアを続けるための3つのポイント。

よく言われることですが、セルフケアって大切です。

身体の調子が悪い場合でも、こころの調子が悪い場合でも、セルフケはともて有効です。でもやり方にちょっとしたコツがあると思うのです。

◇その1:気負わないこと(笑)
セルフケアといって、途端にすごいことをやろうとする人がいます。昨日まで何もやっていなかったのに、続くわけがありません…。セルフケアのポイントは続けること。続けるためには3つのポイントがあります。

1. 簡単、お手軽なこと
2. コストパフォーマンスがいいこと
3. 美味しい、気持ちいいなど快適であること

です。正直なところ、セルフケアの種類はなんでもいいと思います。自分がこれはいい!と思ったものが効くのですから。

◇その2:色々なバリエーションを取り揃えて置くこと。
なぜなら、飽きるから(笑) 悲しいかな人間は飽きる生き物なのです。であれば、自分にあったセルフケアを色々取り揃えておけばいいのです。それに、色々あれば、その日の調子に合わせてケアすることも可能になります。

◇その3:「自分<でも>守る」という感覚
くそ真面目に取り組まないことです。確かに自分のことなので自分でやるしかしょうがない部分もあります。でも、「自分の身は自分で守る」となるとチョット荷が重いというか、げんなりしちゃいます(私は…)。なので、「自分の身は自分<でも>守る」くらいの感覚でいたほうがいいような気がしています。

1時間のじっくりセルフケアが3日も続かないのなら、3分の簡単セルフケアを続けたほうがずっと効果があるものです。セルフケア、手を抜いて楽しんでみませんか?



2018年8月28日火曜日

読書。

多分、わりと本を読む方じゃないかなぁと思っています。以前はいっぺんに3~4冊を同時並行的に読んでいましたが、最近は一冊ずつ読むようにしています。それによって読む冊数が減ったという事もないので、まぁいいかなと思っています。

私は電車での移動時間も多いので、そんな時は数冊持ち込んでいたのですが、この春に購入したKindleのおかげで、随分と荷物が軽くなりました。

最近、ちょっとお気に入りなのは、畑作業の休憩時間に(日中は暑くて動けないので)、日陰に椅子を並べて、ごろ~っと横になり、風を感じながら読書をすることです。行儀悪いですが、なんとも贅沢な時間♪

どうしても読む本の種類は偏ってしまうのですが(特に今はものすごい偏り・笑)、それを解消しているのが、読書朝食会です。季節ごとに開催という、ゆる~い開催率の会ですが、ここで自分では読まないような本を知ることができるので、私にとっては非常に貴重な時間です。

さらに本当の意味での本の面白さやすばらしさに触れる機会でもあります。本の内容という事よりも、本を通して、それぞれの人生や思いを教えて頂く機会でもあるからです。それは彼氏にすすめられて、とか、人生の一冊だったり、亡くなったお母さまとの思い出だったり。思いがけず、本の背景にある様々な思いに触れる瞬間に、その本の魅力が輝きだします。

それが、読書をすることの楽しみであり、醍醐味だと思うのです。これは狙ってできるものではない分、そんな本に出合った時の感動はひとしおです。

ただ、情報を得る、知識を得るというだけであれば本じゃなくても十分対応できるのかもしれません。活字離れが言われて随分経ちますが、そういう本の醍醐味を知ってしまうと、もう、離れることはできません(笑)

読書、おすすめです♪

2018年8月13日月曜日

郡上踊り。

今年も行ってきました、郡上踊り。
これで3年連続です。














それまではなんとも思っていなかったのに、行き始めてからというもの、時期か近づいてくるとムズムズしてしまうのが不思議です(笑)阿波踊り、やヨサコイなど日本には様々な盆踊り(?)がありますが、郡上踊りは風情もあり、ローカル感もありつつでおススメです。春駒♪がかかるとテンションが上がる自分が日本人だなぁ~なんて思ったりまします。

今年は郡上八幡も暑かったですが、こんな風景が涼感を呼んでくれます。














今年はスケジュールの都合で徹夜踊りには参加できませんでしたが、また機会があれば徹夜踊りで参加したいです。

そして昨日は一足先にお墓参り。
子供のころから行っている、父の実家へ。
昨年、伯母が無くなり、今年は初盆ということもあり、親戚のみんなが続々と集まってきました。亡くなってから人が集まるというのも、なんだかな感じではありますが、でもこうやって故人やご先祖様が親戚の繋がりを結びなおしてくれているような気がします。














子供のころから行き慣れた場所ですがいわゆる限界過疎地。
でもこの時期ばかりは子供たちの声が響いています。

今年のお盆はあちこちお墓参り。
そんな歳になってきました(笑)

皆さまも良いお盆休みを。

2018年8月6日月曜日

高野山に行ってきました。

7月の下旬から、大学院のスクーリングで高野山に行っていました。今年は高野山も例年より暑い日が多いようですが、朝晩は涼しく、まだ、アジサイが咲いていました。



ちなみに、よく間違われるのですが、私は修行しているわけではありません(笑)。普通の大学院生です。確かに学内には加行道場があったり、瞑想の部屋がありますが、校舎はいたって普通です(笑)


今回は密教や仏教の美術について学んできました。高野山の良いところは、大学内だけではなく、大学から一歩外に出ても、学ぶ環境だという事です。高野山に滞在している時はなるべく奥の院の朝の勤行には参加するようにしています。


ちなみに、こんなことを言うと怒られそうですが、高速般若心経(3回)が個人的にはかなりツボです。さらに言えば、私は今だに覚えていません…。

今回のスクーリングで自宅の近隣になかなか面白いお寺さんがある事を知ったので、近いうちにフィールドワークしてくる予定です。でも課題もたくさんあるので、暑さで心が折れそうですが、なんとか乗り切っていこうと思います。

高野山まで名古屋から電車で5時間。意外とすぐ行けます♪ ご興味がある方は一度、高野山まで足を延ばしてみてください。





2018年7月18日水曜日

人生のターニングポイント。

暑いですね~。
とりあえず、酢でしのごうとしている今日この頃です(笑)
皆さまも体調にはご自愛くださいませ。

さて、この連休はある場所でずっと瞑想していました。スマホからも離れ、沈黙を守る環境で瞑想ができたことは本当に豊かな時間だったと思います。

特に今回は瞑想という点だけではなく、人生のターニングポイントになるだろうというくらい、人との出会い、学び、すべてにおいて、まさに魂が揺さぶられるという時間を過ごしました。

最近では瞑想のテクニックだけが、自己実現や心身の健康や治療の一環として一人走りしています。それはそれで、助かる人もいるのだから問題ないと思いつつも、どこか違和感がぬぐえない日々を過ごしていました。

今回、講話とそれに対する実践の繰り返しの中で、もっともっと大きな方向性の中で瞑想を行うことができたのは私にとって大きな大きな糧になったと思います。

一つひとつの具体的なことは、その一つひとつがとても大切な事で、もうしばらく自分の中でかみしめたいので今回は書けませんが、いつか必ずこの経験が役立つという事を信じて、今日も一歩、一歩進んでいきます。

2018年7月12日木曜日

読書朝食会 夏!2018のお知らせ。

読書朝食会 夏!2018のお知らせです。
季節ごとに、しかも完全に私の都合で開催している読書朝食会。
8/25(土)に開催します。


7/12(木)7時現在で残り3名となっています。

この読書会は、朝食を食べながら、今まで読んだ本の中で(もちろん今読んでいる本もOK!)おススメの一冊を持ち寄って紹介しあうという会です。

ですので、何かを学び取ろう!とかそういうのはありません。もちろん、自分で話すことで改めて気づいたり、人の話を聞いて気づいたりという事はありますが、何かを目指して…という感じの読書会ではありません。ので意識の高い人にはちょっと不満足感が残るかも…。

課題図書もありません。
なんでもOKです。過去には漫画、絵本、雑誌、写真集、専門書、論文…あらゆる読み物が紹介されています。

「本」をキーワードにつながる言葉や人。そんな感じが好きです。

<募集内容>
・日時:8/25(土)8:00~10:00(次の予定などでの途中退席可)
・会場:マカロニ(名駅のカフェ)
・参加料:ご自身で注文した飲食代
・持ち物:本

FaceBookのイベントページをご覧になれる方は、そちらから参加ボタンを押してください。ご覧になれない方は下記へご連絡ください。

info★yoganicca.com (★を@に変更してください)
*件名に読書会参加希望を、あと氏名をご連絡ください。

皆様のご参加お待ちしております♪

2018年7月9日月曜日

開催報告♪ ヨーガと憲法とわたし

遅くなりましたが、6/30(土)に「YOGAと憲法とわたし」が無事終わりました~。


蒸し暑い中、マニアックな(?)会にご参加いただきました皆さま、本当にありがとうございました。また、お忙しい中2種類のスイーツを持ってきてくださった堀江弁護士、ご馳走様でした!!(え~っと、肝心のスイーツ写真は取り忘れ…)

今まで数回、堀江弁護士から憲法のお話をしていただいていますが、回数を重ねるごとに面白くなっています!(色々とツールも増えてます!)

今回は、憲法とヨーガの教えの中のアヒムサー(非暴力)を軸に、憲法でどのように個人の尊重が守られているのか、また自分自身で自分を大切にするとはどういうことなのか…
。そんなことについて考える会でした。

私たちは、幸福を追求することがあまりに当たり前だと思っていますが、国が違えば全く違います。こうしたことが当たり前なのは、憲法で守ってもらっているから。(ちなみに戦前の憲法では内容によっては頭の中で思う事も許されなかった項目もあったようです)

今の日本の憲法では、憲法を守る義務があるのは国会議員、大臣、天皇、摂政、裁判官、公務員です。私たち国民が守るのは法律。実は私たち国民は憲法によって国家権力という大きな力から守られているというわけです。←これ意外と知らない。

憲法については様々な考えや問題もあるのでしょうが、個人の尊重を守ったうえで、公共の福祉という点で他者の尊重を守り調整されてる事が明文化されているというのは、私たちが生きていく上で重要な事だなと改めて思いました。

憲法が私たちを守る国の枠組みだとすれは、ヨーガの教えは自分自身を守る枠組みです。ヨーガには8つの段階があり、その一番最初に来るのがヤーマ(日常で行ってはいけないこと)、二番目がニヤーマ(日常生活で実践した方がいいこと)です。それぞれ5ずつ、計10項目の教えがあり、この教えは時代、宗教、文化を越えて共通のものと言われています。

またこれはその順番も大切です。つまり一番最初の項目が一番大切で重要だということです。8つの段階のいちばん最初がヤーマ、その一番最初の項目が非暴力(アヒムサー)です。

非暴力は身(行動)、口(言葉)、意(思考)のレベルにおいて、自分、他者、自分と他者の間に向けて気をつけるべき事柄です。特に「意」については気をつける必要があります。

非暴力というと、肉体的な痛めつけや、殺人等がすぐに思い浮かびますが、これは目立つ例で実際はもっと小さなレベルでの暴力が現実にはあります。例えば、自分を卑下してしまう言葉を使ってしまったり、身体の声を無視して無理をし続けたり、または自分を追い詰めすぎてしまったり、そういったことも非暴力に反します。

みなさんの日常生活の中でどうでしょう?

大きなことではないのです。ほんの少し自分の行動や言葉、考えに意識を向けることはできます。こうした小さなステップの積み重ねが、結果的に自分を大切にすることに繋がっていきます。

これは単に道徳的な生き方をしましょうと言っているのではありません。なぜなら生きていく中で完璧な非暴力でいることはできないからです。にもかかわらず一番大切な事だと先人たちは教えてくれています。

なぜかといえば、非暴力でいることが、ほんの小さな一歩であろうとその一歩が、自分自身、他者、環境との関係を尊重する土台となるからです。

今回、堀江弁護士が日本の憲法にはまだまだポテンシャルがあるということをおっしゃていました。おそらくそのポテンシャルを引き出せるのは私たち一人ひとりの在り方にかかっているんだろうなぁなんて思います。

わたしも非暴力に反してしまう時はあります。それでも、この非暴力は意識し続けていこうと思っています。みなさんも、まずは自分自身に少し非暴力の目を向けてみませんか?







2018年6月29日金曜日

程よいテキトーさ。

自然の中にいると自然は私に程よいテキトーさを求めてきます。

草を刈るにしても、畝を立てるにしても、種をまくにしても。
私はそんなにキッチリしたタイプではないけど、最初の頃このテキトーの塩梅がよく分からずにいました。今でもまだ掴みきれていないけど、その頃に比べれば幾分、色々な事が分かってきたように思います。

キッチリを目指すと結果、ぐだぐだになります。
テキトーにしておくと、良いところにおさまります。

キッチリやろうとしている時は、自分の“やった感”は満たされますが、“やった感”とその結果は比例しません。
テキトーにすると、“やった感”は満たされませんが、結果は良いものが出きて満たされてしまう時があります。

キッチリやろうとしている時は、自分以外の働きに意識が行きません。
テキトーにやっている時は、自分以外の様々な働きに意識が向いて視野が広がります。

キッチリやろうとしている時は、お任せできません。
テキトーにやっている時は、お任せする気満々です。
(なぜなら、その方が上手くいくからです。)

キッチリやろうとしている時は一人で歯車を回しているので、疲れるし単調です。
テキトーにやる時は色々な力を借りるので、効率よく且つ複雑に歯車が動きます。

キッチリやろうとすると距離感を取るのがなかなか難しいです。
テキトーさをもっていると、距離感がとりやすくモノゴトを俯瞰して観れるようになります。

程よいテキトーさはこんな感覚です。こんなことを自然から教えてもらっています。ちなみにキッチリしていなくても、いのちは答えてくれます。



もちろんデータを収集したり、お金のことだったり、キッチリさを求められることは日常生活ではたくさんあります。でも、すべてがキッチリである必要はないようです。今はむしろ少ないように思えます。

キッチリ感とテキトー感。
もっと上手に使えるようになりたいもんです。