ラベル ヨーガ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ヨーガ の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年11月22日木曜日

夕方になると体調が悪くなる・・・逢魔が時

「逢魔が時」という言葉をご存知ですか?

時のごとく「魔物に合う時間帯」のことです。
これは夕暮れの薄暗い時の時間帯で、大体18時頃です。丑三つ時ではありません(笑)


ではなぜ、この時間帯が「逢魔」なんでしょう?

実はこの時間の前後1、2時間あたりから体調を悪くする人が多いのです。こんな言葉があるくらいですから、昔の人も体調悪かったんですね。

理由は色々あります。
よく言われているのが、

*一日の疲れが出る時間帯
*自律神経が交感神経から副交感神経へ切り替わる時間帯
*体温が一番上昇する時間帯
*気圧が変動している時間帯

などです。月の影響もよく言われますが、気圧や温度の影響も身近なところで直撃を受けてるんですよ。

これらの事でやはり鍵となるのが自律神経の働きです。
実際、自律神経が乱れている人は夕方から夜にかけて調子を崩される方が多いと思います。

自律神経は運動神経と違って、自分の意志でコントロールすることはできませんが、(例えば胃液を出そう!として胃液を出せるわけではありません…そういう人もいるかもですが…笑)、意図的に働かきかけることは可能です。

その一つが呼吸。
そしておススメが手をあたためることです。

プライベートセッションでも取り入れていますが、手をあたためる練習は、片頭痛や傷の治癒促進だけでなく、リラクセーションやストレスマネジメント、セルフコントロールの一つとして有効であると報告されています。

まずは、ご自分の指先の血流を感じる事から始めてみてください(^^)




2018年11月15日木曜日

習慣を変える。

ヨーガのヤーマ、ニヤーマという教えは簡単に言えば良い「習慣」を身につけましょうということです。そのために、やってはいけない事柄、おすすめの事柄を取り上げ、今の自分の習慣と照らし合わせながら実践をしていきます。

習慣…クセですね。
身体に癖があるように、心にも癖があるのです。

ではなぜ、習慣を見直して身につけることをアーサナや呼吸法より先に掲げているのかと言えば、新しい習慣を身につければ心が変わってくるからです。心の習慣が変われば、おのずと行動も変わるし、情緒的な反応も変わるし、体調も当然変わります。

もちろん、仏教も同じです。修行をすることで、習慣を変えていく。その究極の先にあるのが悟りなんだと思います。

実はホリコミでも同じような事をしています。
私は初め、そんなことが第三者の介入でしかも言葉を使ってできるという事に凄く驚いたし、ホリコミに興味が沸いた一つの要因です。

とはいえ、習慣を変えるのは、なかなか難しい(笑)何度も何度も同じことを繰り返しながら少しずつ気づいていくしかないのかもしれません。

ポーシャ・ネルソンが『五章からなる自伝』(『5つの短い章からなる自叙伝』)で書いている有名な詩があります

1
わたしは通りを歩いている
歩道に深い穴がある
わたしは落ちる
途方にくれる…絶望する
これはわたしのせいじゃない
穴から出るのに長い長い時間がかかる


わたしは同じ通りを歩いている
歩道に深い穴がある
わたしは見て見ぬふりをする
また落ちる
同じところに落ち込むなんて信じられない
でも、これはわたしのせいじゃない
やっぱり、穴から出るのに長い時間がかかる


わたしは同じ通りを歩いている
歩道に深い穴がある
わたしはそれを見る
やっぱり落ちる…習慣なんだ
わたしは目を見開いている
自分がどこにいるのかわかっている
これはわたしが悪いのだ
わたしはすぐに穴からでる

4
わたしは同じ通りを歩いている
歩道に深い穴がある
わたしはそれを避けて通る


わたしは別の通りを歩いている

ヨーガでは身体に意識を向けることでゆるやかに日常を中断していきます。例えばホリスティックコミュニケーションでは「できたこと」などに目を向けることで同じように日常をゆるやかに中断させていきます。

ゆるやかに止まる事で初めて気づくこと、見えてくるものがあります。
それが「つながり」です。

でも、すぐにいつもの事を繰り返します。この詩のように(笑)
でも、同じように見えても、少しずつ変化し続けます。

なぜなら気づいているから。
ヨーガでは気づけば半分解決!なんて言います。

気づかなければただの繰り返し。
気づけば新しい習慣を身につけるための繰り返し。

まずは5分でも日常をゆるやかなに止める時間を持ってみませんか?

こころの治癒力を引き出すお話会

11/17(土)14:00~
ホリスティックコミュニケーションを中心にこころの治癒力についてのお話と実際のカウンセリングの体験(お一人)を受けていただけます。
5人までの少人数のお話会ですので、みなさんお一人での参加です。

お申込・詳細等はこちら → こころの治癒力を引き出すお話会

こころとるながヨーガ

11/23(金・祝)19:00~
毎月ヤーマ、ニヤーマの項目を一つずつ取り上げ自分を振り返るヨーガです。シェアや座学が中心のクラスです。ほとんどの方が、ヨーガ未経験もしくは初心者の方です。

お申込・詳細はこちら → こころとつながるヨーガ


2018年11月9日金曜日

心はどんどん、どんどん変化していくもの。

ヨーガでは明確に自分自身と心は別のものという定義をしています。それはよく青空と雲のような関係で例えられます。


空を見上げると、雲が浮かんでいます。
その雲が私たちの感情や心です。

雲は天気や季節によって、一日の中でも色々な表情をみせます。
ほっこりさせるようなひつじ雲の時もあれば、
薄く空をベールで覆うようなかすみ雲、
台風のときのような重くのしかかるような雲。

私たちの心も同じです。
怒っていたり、悲しんだり、
喜んだり、わくわくしたり、
自分を卑下してみたり、

いつもコロコロ変わります。

私たちは、この雲を自分と間違えてしまうのです。
雲のように常に変化し続けている心を自分と思い込んでしまうのです。

ではこの変化し続ける心が自分自身なんでしょうか?

自分自身だとしたら、
どうして心は
私たちをこんなに悩ませるんでしょう?
どうしてこんなに苦しめて、振り回すんでしょう?

本当に心は自分自身なんでしょうか?

ヨーガでは
雲の上にある青空が自分自身だといいます。

台風のようにどんよりしていても、
必ずその上には穏やかな青空が変わらずあります。
それが自分自身です。

コロコロ変わる心にしがみつかないで。
コロコロ変わる心にそんなに寄りかからないで。
コロコロ変わる心を甘やかさないで。

そんな不安定な心に頼らずに。
「自分自身」に頼れるように。

2018年10月16日火曜日

グレースサロン・ヨーガサークル

約5年半続けていたグレースサロン・ヨーガサークルが昨日終了しました。皆さま、長い間ありがとうございました♪

皆さんからいただいたお花です。

私だけでなく、おそらく参加者の皆さんがこんなに長く続くとは思ってもいなかったはず(笑)私も当初はどうなるかしら…と思っていました。でも5年。長くてあっという間で、それぞれに色々な変化があった月日でした。

あの頃、私が持っていたヨーガってこういうものという定義はサークルのメンバーの皆さんに見事打ち砕かれ(笑)笑い声と、おしゃべりが絶えないクラス♪

仕事の事、ご家族の事、お友達の事、健康の事、本当に色々なお話をしながらのヨーガのサークルでした。私の知らない世界を沢山教えてもらいました(^^)

なんだか全く終わった気がしませんが、(これからはヨーガではなくお忍びの会に!?)仕事やお子さんの成長等々、5年たつと皆さんの状況も変わり、一旦ここで終了することとなりました。

ときどきは思い出してやってみてくださいね~。

本当にありがとうございました&これからもどうぞよろしくお願いします♪

2018年10月13日土曜日

Away of life(生きる方法)

ヨーガというと美容や身体の健康のための運動と捉えられている方が多いかと思います。ただ、これは正しくて間違っているかなぁなんて思います。間違っているというよりかは足りてないという感じでしょうか?

皆さんがよく目にするヨーガはハタヨーガ(ヨガ)です。身体や呼吸を使うヨーガは流派は色々あれど、すべてハタヨーガになります。だいたい日本でいえば鎌倉時代辺りに確立されたヨーガです。

しかしながらヨーガの歴史はもっと深く、五千年くらいまえに遡っていきます。そしてそれは精神統一法と言えるものです。

特に伝統的なヨーガの中の以下の3つは現代人の私たちに必要な事を教えてくれます。実際、私もこれらのヨーガを行う事で随分と楽に生きられるようになってきました。

*ラージャヨーガ(心理的なヨーガ)*
心とは? 心は何に乱されているのか? そんな心をどうやってコントロールできるのか? というような心のヨーガです。

*ジュニャーナヨーガ(哲学的ヨーガ)*
人生をどう生きていけばよいのか? そのための智慧のヨーガです。

*カルマヨーガ(行為のヨーガ)*
日々の生活をどう生きれば、穏やかに自由で幸せに生きられるかという教えのヨーガ

ヨーガはAway of life(生きる方法)とも言われますが、頷けるところです。
精神を安定させ、自分自身を洞察する生き方です。それは極めて個人的な心の旅であり、一人ひとり違う旅なのです。

心と身体は繋がっていますのでこうした心の安定が図られれば、心の治癒力にスイッチが入り、それはそのまま身体の治癒力にスイッチが入ります。そして、善循環が生まれ、心も身体も健やかになっていくのです。

運動のようにヨーガを行ったり、自律神経など身体の機能だけにフォーカスすることも悪くないですが、その先にもっと面白い世界があるのにな~なんて思う今日この頃です。

2018年10月10日水曜日

自力だけでもなく、他力だけでもなく。

自力だけでもなく、他力だけでもなく。
この事は全ての面において気をつけていることです。

例えば「立つ」ということ。

ヨーガをやっていると(やっていなくてもかな)グラウンディングしてという言葉をよく耳にします。さてグラウンディング。これはなかなか難しいですよね。私も最初の頃、よく分からなかったのもあり、足の指先を広げてグッとマットを踏みしめたり、不自然に背筋を伸ばしてみたりしていました(笑)だってそうしろって言われたんだもん←イイワケ。

でも、これがなかなかね。これがグラウンディングなの?という感じで全く落ちつかない(笑)。

で、ある時、自分で(頭)で試行錯誤するのをやめてみたんです。そしたらね、まぁ身体がグラングラン揺れる揺れる。ちょっと車酔い的な感覚があるくらい。バランス崩して倒れちゃうかも…という不安もよぎりつつ、倒れないという変な自信もあったので、とりあえず身体にまかせて、ぐらんぐらん。何かがとり憑いたのか!というくらいぐらんぐらん。

そしたらね、突然ピタ!って動きが止まったんです。
足指で踏ん張っていなくても足の裏と床は吸い付くようにベチャ(ベチャっていう感覚です)ってついて安定しているし、身体の力は程よく抜けて、程よく緊張があって。重力の働きに抵抗することなく、無理なくすっと、ただ立っているという感じです。だから立っている事に全然疲れない。

あぁこれがグランディングなのかもなぁと思いました。これが本当にグランディングなのかは正直分かりませんが、少なくとも踏ん張って立ったり、姿勢を無理に正したりというのとは雲泥の差です。

重力や空気圧などの様々な要因を無視して自力だけで立とうとしているのではなく、自分以外の様々な働きに寄せながら、自力で立つという感じです。それは自分の頭の思いを少し「ずらす」感じ。

さて、これは何も「立つ」ことだけの話ではありません。
日常のあらゆることで私たちはなんとか自力でやれるように頑張ります。仕事でも人間関係でも育児でも、セルフケアでもなんでも。確かにそれは、とっても大切な事なんですが、もしかするとそれは独りよがりになっているのかもしれません。

一方で何もせず運を天に任せる感じの人もいますが、これもまた独りよがりです。

セラピストや医療従事者の方で、私が何とかしてあげたい!という思いが強い方がいらっしゃいます。もちろん、こうした思いはすごく大切です。とはいえ、ある面ではそれは傲慢ともいえます。

人には治る力があると言いながら、私がなんとかしてあげなきゃ!というのはちょっと矛盾していますよね。治る力があるといいながら、どこかで信じ切れていないのかもしれません。

そうすると、どうしても必要以上に介入してしまうことになります。これは相手のためを思って、もしくは仕事の責任という仮面をつけた自己満足かも…。仕事でも、人間関係でも、私でいえば農作物との関わりでも同じですし、何より自分自身との関わりでも同じです。

私たちは一人で生きているわけではなく、自分と繋がっているすべての事柄に影響され、影響を与えている存在です。結局、自力一辺倒というのは他者を無視している事に繋がってきますし、何より大変!!

自分で気づく事や行うことは大切ですが、それは他者のリソースや働き、思いなどに寄せつつ、自力から少し「ずらす」しながら行うことが大切かなぁと思っています。

自力だけでもなく、他力だけでもなく。
今日も肝に銘じながら過ごしていきます。

2018年10月2日火曜日

自分自身から自分自身が盗む。

なんてわかりにくいタイトル(笑)
先週の金曜日は、こころとつながるヨーガの日でした。9月のテーマはアスティヤ「盗まない」でした。


なぜか(?)私も含め、参加者のかたもグッタリするテーマ(笑)
これ、ちゃんと向き合うと本当にグッタリしちゃうんです。

盗まないって当たり前じゃんとお思いですか?
そんなことありません。

もちろん、人様からものを盗むのはしないでしょうが、盗まないというのはそんな単純な事ではないのです。

例えば、友達が楽しい予定の話をしている時、私の時は…と言って自分の話で会話を盗んでいませんか?待ち合わせに遅れるのも、相手の時間を盗むことになります。
このように見ていくと、私たちは知らず知らずのうちに、他人から、未来から、環境から様々な物を盗んでいるのです。

特に気づかず盗んでいるのが自分自身から。

例えば、他人や属している組織からの要求や期待に応えることばかりを優先しているとすれば、自分の内なる情熱を盗んでいる事になります。また、過去にはあったのに今はないものや、将来ないかもしれないものに囚われ、目の前に十分にあるものに目を向けないことも自分自身からの盗みです。

自分自身で自分自身を盗むという事は、自分自身を傷つけ、可能性や希望、生きる力を自分で盗んでいる事と同じです。

なぜ、そんな事が起こるのかと言えば、私たちの意識が自分以外に向きっぱなしだからです。今は情報が溢れる社会です。それに溺れないように必死にくらいつくことで、結果溺れてしまうという悪循環。

それを防ぐためにも、一度立ち止まる事が大切です。立ち止まり、自分自身に追いつく時間が必要なのです。それは何もたくさんの時間や労力を必要とはしているわけではありません。信号待ちをしている時に1から10まで数を数えることに集中してみてください。

盗み続けるスピードは自分で自分の首をグイグイ締め付ける力となっていきます。まずはスマホを少しの間しまって、目を閉じてゆっくり数を数えてみてください。立ち止まった時に見える景色は、少し違う景色に見えるかもしれません。


2018年9月18日火曜日

穴のあいたバケツ。

穴のあいたバケツを思い浮かべてみてください。このバケツは全てが同じ規格でできているわけではありません。丈夫なバケツの人もいれば、大きなバケツの人、錆びたバケツの人、小さいバケツの人色々です。

あなたのバケツはどんなバケツでしょう?

バケツからは水が漏れています。
この水は私たちのエネルギーです。もちろん、このエルネギーは肉体的な事だけではなく、精神的なエネルギーも含まれています。

生きているかぎり、エネルギーを使うわけですから、常に漏れています。その漏れた分を補充するように、私たちは食事をしたり、休息をとったり、趣味をして楽しんだり、ケアをしたりしながら補充します。

このバケツの内側にはある位置にラインが引かれています。ここが「枯渇水域」の目安です。ここを越えて枯渇し始めると心身に不調が出始める一つの目安です。もう一つ下にもラインがあります。これは危険ライン。ここを越えたら、何かしら心身に症状が出始めます。

この枯渇水域の線を下回らない限りにおいては、エネルギーは増減を繰り返しながらも回復をしています。そして、簡単に回復は可能です。

しかし、バケツの穴から漏れる水は常に一定ではありません。多くのストレスを感じたりしている時は量が増えてしまいます。またバケツ自体のメンテナンスをしていないと、バケツが脆くなり壊れてしまうかもしれません。また大きなバケツの人だと大丈夫でも、小さなバケツの人には大ダメージの場合があります。

昔は平気だったのに…とか、同じ状況下にいてもある人は平気にしているのに、ある人は疲労困憊…ということありますよね。

さて、今のあなたのバケツの状態はいかがでしょう?

枯渇水域のラインを下まわまらない時は水はスムーズに増減を繰り返しているので特に問題はありませんが、枯渇水域を下回ったり、危険ラインを越えてくると、水をためるのに時間も労力もかかります。と、同時に、バケツ自体が脆く小さくなっていくのです。

まずは水が枯渇水域ラインより下にならないように気をつけることが大切。

同時に、補充する水にも気をつける必要があります。いきなりどーっ!!と大量の水を投入しても、溢れてしまって効率が悪かったり、バケツ自体が弱っている時は、バケツが壊れてしまったり、穴が大きくなってしまったりという事があります。

たとえば、とにかく我慢して、がんばって、ふんばって、歯を食いしばって、で、ハワイに行く!!というパターンのストレス解消。
もちろん、悪くないのですが、これだと、脆くボロボロになった小さなバケツに、一気に大量の水を注ぐことになります。

ですから、補充する水も適量がいいわけです。そして、この適量の水はバケツそのものを強く大きくしてもくれるのです。

多すぎず、少なすぎない適量の水。
例えば、昼食。本当に忙しい時もありますが、毎日ではありません。しかし、忙しい癖がついていると、無自覚にパパっと済ませてしまいます。でも15分で良いのでゆっくり食事をしてみてください。実はこれだけで、バケツの水が適度に補充されます。

15分って一日の1%です。1%くらい自分のために使ったってバチは当たりません。

後は、日中、5分程度、休息する時間をところどころに入れるなどです。5分なんてあっという間ですがこれは結構な効果があります。そんな時間はない!といわれる方も多いですが、本当に忙しい人ほど、ちゃんとそういう時間を取っているものです。

こまめな休息。実はこれが適量の水を補充する一番簡単な方法なのです。




2018年9月15日土曜日

人生を上手に生きる一つの視点

「私たちは、何の準備もせずに人生の午後に足を踏み入れる。さらに私たちはその時、真実や理想がこれまで通り変わらないという誤った前提と共に足を踏み入れるのだ。だが、午前中の計画に沿って人生の午後を過ごすことはできない。午前中に素晴らしいと思えたことは夕方にはそうでなくなり、午前中に真実だったことも夕方には嘘になる。」

これはカール・ユングの有名な一節で、人生を上手に生きる為の一つの提言です。

午前中というのは人生の前半。若い頃です。若い頃の思いや信条をそのまま引きづっていると思うようにいかずに悩んだり、苦しんだりします。

例えば、幼い頃の親子関係を50歳、60歳になっても引きずっている人がいます。色々な考え方がありますが、一つ言えるのは、幼かった私たちは、すでに十分な大人になり、体力も経験も智慧を持っているという事です。一方で、当時若かった親は既に高齢になり、体力、気力も衰え昔のような勢いはなくなっています。

ところが、若い頃(午前中)の前提を手放すことなく、そのまま持ち込んでいると、いつまでたっても、それどころかその前提であるフィルターはどんどん濃いものになっていきます。

親子関係だけではありません。仕事の仕方、向き合い方、友達との付き合い方…すべてにおいてやはり午前中の前提を引きずっていると何かと問題や摩擦が生じます。私はこうだから…と四半世紀以上も前の子供の頃のことを話される方はよくいらっしゃいますが、今の自分が本当にそうなのか確認してみる価値は十分にあります。

私たちは変化し続ける存在です。
常に、今の自分はどうなのかという視点とともに、古いものを手放すことも大切な習慣の一つだと言えます。

2018年9月13日木曜日

ケアの基準は身体のサイン。

よく、どんなセルフケアがいいのか?という質問を受けます。まぁ個人的にはヨーガがいいと思いますが(笑)、何が良いセルフケアなのか?という基準ではなく、自分の身体のサインを基準に考えてみるといいのではないでしょうか?

身体って本当に面白くて、ちょっと観察する目をもって見ると、結構、好奇心が沸いてくるというか、興味が沸いてきます。

例えば、腰が痛い時。
何処から痛いのか?どんな痛さがあるのか?その時、足の裏はどうなっているのか?体温はどうか?冷えているのなら、どこを温めると一番効果的なのか?…などなど。

調子が悪いというのは楽しいことではないけれど、一方で一つのチャンスでもあります。なぜなら、身体が「ケアして~!!」とサインを送ってくれているのだから。

良いセルフケアは何か?と探すより、そのサインを信じた方が手っ取り早いし、簡単です。私は、20代の頃に手術をして、身体を中心に据えて自分の生活を見直そうという感じにシフトチェンジしてきましたが、これは40歳を過ぎてからでも遅くないと思っています。

特に女性は40代半ばを過ぎると、身体がどんどん変化してくるので、そういう意味でも身体のサインをキャッチできるようにしておくのは、セルフケア的には一番大事かもしれません。

健康ジプシーでやみくもにアレコレと手を出してきた私が、結局たどり着いたのは身体のサインに忠実に従ってケアをすればいいという、とってもシンプルな事でした。(そのためにもねヨーガっていいのよ♪)

まずは一箇所だけ部位を決めて毎日、チェックしてみると面白いと思いますよ。

2018年9月6日木曜日

ケアする側の人の感情労働(その2)

その1では感情労働について書きました。
https://ichiokamegumi.blogspot.com/2018/09/blog-post.html

さて、こうした感情労働の場面では、まずは湧き出てくる感情を押し殺し、表向きの印象を操作するような「表層演技」にはじまり、自分の感じ方そのものを変えようとする域にまで達する「深層演技」と言われる段階に入ると言われています。

こうしたことを続けているとアレキシサイミア(失感情・失言語化)という特徴が顕著に表れていきます。これは感情がなくなるというのではなく、自分の感情が分からない、自分の感情を表現できない状態です。

こうした症状が出る場合、同時に、失体感(自分の肉体中に生じてきている諸変化に対する気づきが鈍いか、全く気づけない)、過剰適応(自分のことよりも外部に生じる事柄に心を奪われている)という特徴もみられます。

ではどうすればいいのでしょうか?

直接的に心にアプローチをかける方法もありますが、最初から心にアプローチをかけることは、実際はあまり得策ではありません。そうでなくても心の事は抽象的で分かりづらいものです。自分の感情や思考が分からない状態になっている人に対して心からアプローチしても混乱を生みだすだけですし、準備ができていない状態で向き合うと、単に傷ついたり、辛さが増加したり、新たな問題を生みだしたりしてしまうからです。そこで注目すべきは具体的に捉えることができる身体性です。

私たちは心の動き(感情・思考)は自然と湧いてくると思いがちですが、実際は違います。必ずそこには必ず身体性が関わってきます。例えば暗闇で怖いという感情が沸く場合。暗さを視覚でキャッチした後に怖いという感情が沸くのです。(実際は視覚と感情の間にも色々ありますが、ここでは割愛します)言い換えれば、身体を差し置いて感情に向き合うことはできないのです。

また、脳の中には「偏桃体」と呼ばれる箇所がありますが、この部分が私たちの感情を司っていると言われています。この部分の機能が低下したり、もしくは働きすぎても様々な問題が生じると言われています。まさに、これは身体としての機能です。ちなみに、二昔くらい前は成人すると脳細胞は減っていくと言われていましたが、現在は脳神経の可塑性が証明されています。つまり、きちんとしたアプローチをかけることで調和された状態にすることができるという事です。

つまり身体にアプローチをかけるということは、身体的な機能を高めるという側面と、もう一つ心へ働きかける側面があるという事です。

では最初にどんなことをすればよいのでしょうか?

まずは、身体感覚を取り戻すことです。実はこれだけでも十分なくらい効果はあります。動きは非常に簡単な動きでかまいません。

例えば、呼吸を使った例です。
まずは、今の自分の呼吸を感じます。座っていても、立っていても、寝転がっていてもOKです。そして深い呼吸をしようとかもしなくていいです。どんな時でも休むことなく動いてくれている呼吸を感じます。感じようとすると呼吸がしにくく感じる場合、しにくい感じに気づきます。特にその原因を求めなくても良いです。

ただ感じ、ただ気づく。

次に自分の手のひらで感じていきます。お腹、胸、腰、背中、胸の横、脇腹。すごく動きが分かる部分もあれば、分からない部分もあります。分からないことを責めたり、嫌がらなくても大丈夫。なぜなら分からないも一つの感覚だからです。

最後は、手を離して呼吸に伴う身体の動きを捉えていきます。手を当てていた時との違いはあるでしょうか?もちろんあってもOKです。

普段、何気なくしている呼吸もこうして少し意識を向けてみると様々な事に気づきます。最初は身体感覚から、続けていると自然とその時の自分の心の動きも見えてくるようになります。

この一連の流れは1分あれば充分できますし、呼吸であればいつでも、どこでもできます。ポイントは毎日続けることです。私のおすすめは朝起きた時ですが、毎日どのタイミングでも良いので1分続けてみてください。必ず変わってきますよ♪

その3では、もう一つのポイントCompassionについて触れていきます。


2018年9月1日土曜日

ケアする側の人の感情労働(その1)

肉体労働、頭脳労働の他に、感情労働という言葉があります。感情労働とは、職務として表情や声、態度で適正な感情を演出することを求められる仕事のことを言います。現在の日本では3分の2以上の労働者が感情労働に携わっていると言われています。

1970~80年当時ですが、感情労働の提唱者であるホックシールドがには多くの感情労働が含まれる仕事として、

教員、看護師、ソーシャルワーカー、教育カウンセラー、レジ係、受付係、秘書、飲食店員、保育労働者、美容師等

を挙げています。

中でも「対人援助職」と呼ばれるような医療、や福祉、教育に関わる職種は典型的な感情労働に含まれ、現在のデータの上でも感情労働の程度が強いことが示されています。また職業ではなくても家族の介護や看病、育児なども程度が強いと言われています。

感情的なことはちょっと厄介です。人によっての差異が大きいこともありますが、「仕事だから…」といって後回しにされることが多いからです。しかし、感情労働は大きなエネルギーを必要とし、肉体的な負担とは別の大変さが存在します。

例えば、家族の事を含め、対人援助の場面においては、嬉しい、楽しいといったポジティブな感情だけが溢れているわけではありません。それとは対照的に不安や恐怖、苦痛や不快、悲嘆や怒り、絶望感や無力感といったネガティブな感情が渦巻いているのが現実です。

しかし対人援助の場面では「共感」の大切さが強調され、共感を求められます。ともすれば共感が目的になっているなぁと感じる事も間々あります。確かに「共感」にはケアに対して大きな力がありますが、深い共感=全てOKという事ではありません。その代償も大きいことを知っておく必要があります。

その代償の一つとして言われているのが「共感疲労」です。過度な共感によって、自分の心が疲弊し鬱や睡眠障害、過覚醒、イライラ、混乱、心身の不調などの症状を引き起こしたり、バーンアウト(燃え尽き症候群)の大きな原因となり、場合によっては退職や転職といった事に繋がっていくのです。

組織としてもこれは大きな問題です。職員がすぐ辞めてしまったり、組織内でのひずみが生まれる大きな要因となるからです。

実はこうした感情に対して上手な手綱さばきができるようにアプローチを行う事、またそれだけでなく、疲弊した心を自分の力で回復する力を養うことは意外とシンプルな方法で可能です。

その2では、その方法や、視点について書いていこうと思います。

2018年8月24日金曜日

自分と向き合う難しさ。

私もよく使いますが「自分と向き合う」ということ。
これって、結構シンドイことです。

ただ、一般的にみてみると、ちょっとキラキラしたステキな事のようなイメージがあったり、とっても簡単な事のように書いてあったり、静寂の中で浄化されるような清々しさの部分だけを感じさせるような場合が多いように感じます。

綺麗な言葉で蓋をして、観た風にしても良いとは思いますが、多分これは一見解消されたように感じますが、実際は問題を複雑にするのと同時に、<自分が好ましいと思う自分とだけ向き合う>という事かな、と思います。

でも、実際はだいぶ違います。好ましかろうが、不快であろうが、向き合います。自分と向き合うというのは、正しくは<自分のエゴと向きあう>という事です。だからこそ、なんの手段も持たずに本当にやろうとすると、かなりキツイのです。

ちなみに、私自身は昔、キツクて嫌になった時期がありました(笑)
自分と向き合うにはそれなりの「お作法」が必要なのだと思います。そうでなければただただ傷ついたり、ありもしない別の問題を生み出してしまうからです。

この「お作法」を身につけることの一つが、身体や呼吸の声を聴いたり、ヨーガでいう所のヤーマ・ニヤーマや、仏教では十善なんだと思います。

実際に身体を使ってみると分かります。
身体や呼吸は「この辺で~」と言っているのに、頭の中の、こうやったほうが良い、こうしたい、~しなければならない、という方を優先してしまいます。身体や呼吸に合わせると物足りなさまで感じる始末です。でもこんなことを繰り返していれば当然、身体を壊す結果を招きます。

また一方で、追い求めれば取り除くべき原因にたどり着くと思って、がむしゃらに追い求めたりしがちです。逆に、これは良い!と思うと同じようにがむしゃらに追い求めます(例えば感謝の押し売り的な…)。いずれにせよ、やはりバランスを崩します…。

心と身体は一つです。でも心は良くも悪くも暴走しがちです。
だからこそ、見える身体や感じ取れる呼吸、ヤーマやニヤーマと言った教えが、心と身体のスピードや力づよさのバランスを取り続けるための力となるのです。

ただ「気づく」。それ以上を追い求めない姿勢の難しさ。
一足飛びに進む事はできないかもせれませんが(まれに進んじゃう人もいますが)、今の自分のペースに合わせて「気づく」という事が、自分と向き合うために求められる大切なことかなと思っています。


2018年7月27日金曜日

ヨーガに教えてもらったこと。

私自身がヨーガに教えてらった一番の事が「自分との上手な関わり方」だと思います。

身体との関わり方はもちろんの事、心や思考、霊性への関わり方、つまり「在り方」についてです。この学びは今もですし、これからも続きます。とりあえず、この時点までで私自身が経験したことを踏まえて開催しているのが「こころとつながるヨーガ」です。


根幹は変わりませんが、形式や取り扱う内容など、これまでも色々と変化をしているクラスですが、今後も間違いなく進化という名の変化をします♪

ヨーガは生き方や在り方という事にたいして非常に洗練した実践的システムという側面を持っています。身体に気づくことは勿論ですが、自分の感情や思考にも気づくことができるように体系づけられています。

その拠り所になるのが、ヤーマ・ニヤーマという10の教えです。この教えをもとに、今の自分の位置を確認する地図となります。地図を歩く場所は日常です。私自身もこの教えをより所に、少しずつ進んできました。

生きにくさを作り出しているのは自分…確かにそうなんですが、じゃぁどうすればいいの?という時にこの基本的な10の教えは非常に役に立ちますし、何度も助けてもらいました。

なので、この一年はこのヤーマ・ニヤーマを取り上げてみようと思います。これは私にとっては結構チャレンジングな事です!結構ドキドキです。

哲学的な思索を深めるのではなく、どうやってこの教えを日常で活かすのか、どんな場面で活かせるのかという事が目的です。そして、今回のテーマは「アヒムサー(非暴力)。
一番大切で、一番の土台。そして私の緊張も(いい意味でね)時間を追うごとに増す!!(笑)

ということで、本日19:00~開催します。ヨーガが初めての方でも全く問題ありません。ご興味がある方はご連絡くださいませ。一緒に自分との上手な関わり方を見つけていきましょう。

お問合せ・詳細 ⇒ http://yoganicca.com/tsunagaruws





2018年6月12日火曜日

感情は自分じゃない。

感情は自分じゃないのよ~。

昔、ヨーガを始めたばかりの頃、先生に言われて???となった言葉の一つです。

なぜなら、現代に生きる私たちは「自分の心、もしくは感情の動き」=「自分自身」と当たり前のように思っています。感情が豊かな人の方が人間らしいと感じていたりします。ネットやテレビ、本などでも感情を大切にするような文言をよく見かけます。当然の如く私もそう思っていました。

でもヨーガでは心や感情は自分じゃないと言います。←現代人には革命的な視点です(笑)

ヨーガでは
「心は瞬間、瞬間ごとに変化を続ける運動」
と言います。

でも、これって思い当たりませんか?幸せの絶頂にいた人が、次の瞬間、怒りに満ち溢れていたり、前向きになったと思ったら、急に不安や心配に捉われてしまったり。
私自身はヨーガをやっていく中や、色々な人と関わる中で、この考え方は心の実態に近いよね、なんて今は思います。

たとえば、瞑想をしていると、ほんの数分ですら明日の事、気になっていること、ランチのこと、仕事の事、家族や友人、恋人の事…目まぐるしく心が動いていることに気づきます。時々、そんな自分に戸惑っている方もいらっしゃいます。瞑想をすると雑念が沸いてくるから、瞑想は向かないという声もよく耳にします。

でも実は瞑想をしていなくても、常に心は揺れ動いているのです。今この瞬間も。

でも、私たちは自分たちの心の動きや揺れを認識することができません。一つの要因として、自分以外のアレコレに意識が捉われているという事もあるのですが、もっともっと、根本的な理由があります。

それは、

私たちが「自分の心や感情」を自分だと強く思い込んでいる

ということです。

瞑想やヨ―ガを行っている時、自分の心がアチコチに動いていることに気づきます。雑念でイッパイだったなぁと気づくわけです。それは心が雑念でイッパイだったと感じた「わたし」はほんの少しかもしれませんが、心と自分の間の距離に気づいたからです。

しかし、その距離に気づかずにいると、いとも簡単に怒りや、悲しみ、不安…といった強い感情に支配されてしまいます。そうなると私たちは
・怒っている自分
・悲しんでいる自分
・不安な自分
という具合に感情と自分をより強く結びつけてしまい、平静な自分、穏やかな自分というものを描けなくなってしまいます。

ヨーガでは心や感情と私自身を雲と空の関係で例えることがあります。台風のような雲、うろこ雲、色々な雲が空には浮かんでいます。これが私たちの心や感情です。でもその雲がどれほど荒れていたとしても、その上には必ず穏やかな空=穏やかな「わたし自身」がいるのです。

私自身は変化し続ける心や感情とは全く別の層にあるという事です。

ヨーガや仏教の精緻に理論化された心の知見、及び行としての実践方法が西洋心理学とは全く異なるアプローチをおこない、心との上手な付き合い方が提示できるのは、こうした心の智慧があるからです。

遥か昔のヨーガや仏教の中にこうした知見が見られるという事は、昔の人も同じように苦しんでいたという事です。しかし、感情と切り離した自分を想像することが難しくなってきている現代に生きる私たちには、より必要な視点なのかもしれません。


2018年5月24日木曜日

心理学とヨーガ。

ヨーガ(もしくはヨガ)と言えばアーサナと呼ばれる体操や呼吸法など、身体の健康とイメージされる方もまだ多いのではないでしょうか?

しかし、いわゆる西洋心理学よりも遥か昔、4000年以上も前にすでにヨーガの世界では心と身体と霊性という視点で、人間の心身構造を説明しています。またそれらは構造だけでなく、いかに上手に動かすかとい部分まで踏み込んで説明されているのです。

不安や怒りといった感情に振り回されたり、~しなければならないとか、こだわりといった思考に振り回されたり、肩書や会社に自分という存在を結び付けて振り回されたりといったことは誰にでもある事です。

これらの働きが過度になったり、悪循環を生みだした時、私たちはストレスを感じ、場合によっては、それによって身体症状が発症したりと様々な問題を引き起こすのです。

一般的によくみられる心理学では、こうした場合、分析的に解明する試みがはかられます。それは行動の分析であったり、感情や思考の分析であったり、前世の分析であったり。いずれにせよ、分析して原因を探すという事を行います。

もちろん、方法は違えど、ヨーガでも分析的に自分を見つめる作業はあります。しかしそれは原因を探すというのではなく、その構造を知るという意図で行います。いかに上手に制御しながら運転できるかという目的のためには、まず最初に構造をよく理解しておくことが必要だからです。

この構造を知り運転をするプロセスこそがヨーガであり、その究極的なゴールは悟りです。このプロセスは、身体、心、霊性にいたるまでシステマチックに体系づけられていて、ヨーガの体操や呼吸法というのはこのシステムの一部なのです。

こうした人間の捉え方が約4000年前から現在に至るまで残っているという事は、時代を越えても役立つ智慧であり技術だからだと思います。ヨーガという言葉には<つながる>という意味がありますが、ヨーガという本質には技術という側面があり、その技術は現代人が抱える問題にも充分対応できるものです。古典文学など読んでいても、昔に比べれば文明の技術は飛躍的に発達しましたが、人間の悩みっていうのは、そんなに変わってないですしね。

どうしてもヨーガというと美容や身体的な健康、超人的な力、超越的な存在などに目が行きがちですが、日々の暮らしの中で起きる色々な問題にも充分対応できることを知ってもらえると嬉しいなと思います。

余談ですが・・・潜在意識で有名な精神科医のジグモント・フロイトが潜在意識に気づいたのは1800年代。ヨーガの文献で潜在意識の事に触れているのは約4000年前。また、夢の分析で有名な心理学者のカール・ユングはインドでヨーガの考え方を学んで夢の分析に取りかかっています。ちなみに、一時期ユングはフロイトの弟子でした。いずれの西洋心理学の巨匠たちも、近代に入ってから東洋の智慧を学んだ心理学者たちなのです。






2018年5月14日月曜日

疲れを上手に解消する3つのポイント

日々の疲れを上手に取るためには3つのポイントがあります。この3つのポイントを上手に生活の中に取り込むことで、日常という場面がストレスや疲れを癒す場面へと変わっていきます。

3つのポイント

1. 緊張と弛緩
2. 呼吸
3. 思考のスピードを緩める

1.緊張と弛緩

私たちの身体は無意識のうちに緊張しています。これは心の動きと連動していますが、無意識で行われているので気づくことがほとんどありません。慢性的な緊張状態が続くと、腰痛、肩こり、高血圧、不眠、イライラ、不安感…様々な不快な症状が身体だけではなく心にも生じてきます。

こうした状況を解消するために、「緊張と弛緩」というリズムのあるゆるやかな動きを行う事が有効です。これは筋肉の過緊張を与えることで、緩むという性質を上手につかった方法です。ヨーガではゆっくり一つの動きを行った(緊張)あと、必ず5呼吸程度、身体の感覚を捉える時間(弛緩)を取ります。

ここで得られる「内側からの緩み」はマッサージなど外から他者の刺激によって得る気持ち良さとは別格の心地良さです。

こうした緊張と弛緩を繰り返すことで、自律神経が整うだけでなく、「緩んでいる」状態を知る事になります。この状態をしることで、「緊張している」状態の自分にも気づくことができるようになり、緊張状態が続く前に、早めに対処できるようになってくるのです。

2.呼吸

ヨーガでは呼吸に動きを連動させていきます。これがポイントです。そすうることで、自然と今の自分にとって心地よい呼吸に変わってきます。言葉でいえば、深くて穏やかな呼吸ですが、深い呼吸をしよう!としてする呼吸とは全く違うものです。

自ずと深くなってくる呼吸が私たちの持っている力を引き出す原動力となります。また、同時に、緊張と弛緩を深めていくのも呼吸なのです。

3.思考のスピードを緩める

「緊張と弛緩」「呼吸」「思考のスピードをゆるめる」という3つのポイントは全て連動して働いています。1~2の作業は身体や呼吸を使いながら、それに伴う様々な感覚に意識を向けていくことになるのですが、これこそがまさに思考のスピードを緩めることになるのです。

私たちの思考は過去に起きたことと、未来の想像との行き来で激しく動き回っています。例えば、日中に起きた出来事だけでなく、それに付随して過去の事を思い出し、それらを踏まえて、次にやらなくちゃいけないことを考え、また過去の出来事に戻る…というループです。

これらは全て頭の中の出来事。

夢の中でも仕事をしてしまう人(過去の私ですが)、寝ても疲れが取れない人というのは、このループを上手に断ち切れていないからなのです。身体や呼吸に伴う感覚をみるという事は、今の自分の状態を知る事だけでなく、今という時間、自分を結びつける作業なのです。

これら1~3は特に道具は必要ありません。こうした練習をとおして覚えてしまえば、自分の身体と呼吸があれば、いつでもどこでも、どんな時でも行えるようになります。

日々の疲れは日々の中で解消!です。