この週末から黒丸先生のホリスティックコミュニケーション実践セミナー・京都第27期が始まりました。
今回も、医療関係やセラピストの方から会社経営の方まで様々な職種の方が学ばれています。そして、相変わらずの再受講率!(笑)
ホリスティックコミュニケーションの特色の一つは、実践的で現実的ということです。それは黒丸先生が臨床と言う場面で目の前の患者さんを何とかしなくていけない、という中で培われたものだからです。
なので、いわゆる心理療法などで言われる理想的な話と現実問題のギャップなどをふまえて色々(赤裸々に?)とお話をしてくださいます。
始めたばかりの皆さんは(私もそうでしたが)、右利きの方が左手で字を書くような難しさがあります。それはホリスティックな療法をされている方だとしても同じです。ホリスティックという抽象的なことがらを、言葉を使ったコミュニケーションという技術を使って、具体性をもたせるという作業は本当に難しいことですが、参加される皆さんの多くは4ヶ月後に実感として変化を感じられています。
これから4ヶ月、私も脳みそフル回転で学びを深めていこうと思っています。
2018年8月20日月曜日
2018年8月16日木曜日
【8月~12月】こころとつながるヨーガスケジュール
年内の<こころとつながるヨーガ>のスケジュールです。
8月24日(金)テーマ:正直に・嘘をつかない
9月28日(金)テーマ:盗まない・奪わない
10月26日(金)テーマ:禁欲・不過度
11月23日(祝・金)テーマ:貪欲にならない
12月21日(金)テーマ:清浄 ←12月は第3週になります。
9月28日(金)テーマ:盗まない・奪わない
10月26日(金)テーマ:禁欲・不過度
11月23日(祝・金)テーマ:貪欲にならない
12月21日(金)テーマ:清浄 ←12月は第3週になります。
自分と上手につながるために、必要な事は、自分の思考を疑うことだといえます。
本当にそうなのか?と。
ここでの作業はイメージしている自分と実際の自分のギャップに気づく作業です。
ここでの作業はイメージしている自分と実際の自分のギャップに気づく作業です。
とはいえ、じゃあ気づきましょうといって「頭」の中だけの作業では実はあまり意味がありません。なぜかと言えば、イメージしたり言語化しているのも「頭」だからです。
違う角度からのアプローチが必要です。
だから身体や呼吸が必要なんです。
そしてもう一つ、照らし合わせる基準が必要です。それが教えです。
違う角度からのアプローチが必要です。
だから身体や呼吸が必要なんです。
そしてもう一つ、照らし合わせる基準が必要です。それが教えです。
教えは頭で考える事ではありません。それを「日常」という場面で実際の行動・行為(身体)として行うことです。
なので、このクラスの完成度を上げるためにはそれぞれの日常が不可欠なのです。なるべく日常で取り組みやすいように週に一回、参加者の方にはメールを差し上げております。
なので、このクラスの完成度を上げるためにはそれぞれの日常が不可欠なのです。なるべく日常で取り組みやすいように週に一回、参加者の方にはメールを差し上げております。
自分の思考や思い込みが自分の首を絞めている…そんなことは誰でもよくある事です。
思い込みを変えるのではなく、思い込みが緩むことで起きる自分自身の変化を体験してみてください。
こうした変化はなかなか文字にしにくいので、実体験を♪
こうした変化はなかなか文字にしにくいので、実体験を♪
ご興味がありましたら、ぜひお越しくださいませ。
お申込・お問合せは ⇒ http://yoganicca.com/tsunagaruws
2018年8月13日月曜日
郡上踊り。
今年も行ってきました、郡上踊り。
これで3年連続です。
それまではなんとも思っていなかったのに、行き始めてからというもの、時期か近づいてくるとムズムズしてしまうのが不思議です(笑)阿波踊り、やヨサコイなど日本には様々な盆踊り(?)がありますが、郡上踊りは風情もあり、ローカル感もありつつでおススメです。春駒♪がかかるとテンションが上がる自分が日本人だなぁ~なんて思ったりまします。
今年は郡上八幡も暑かったですが、こんな風景が涼感を呼んでくれます。
今年はスケジュールの都合で徹夜踊りには参加できませんでしたが、また機会があれば徹夜踊りで参加したいです。
そして昨日は一足先にお墓参り。
子供のころから行っている、父の実家へ。
昨年、伯母が無くなり、今年は初盆ということもあり、親戚のみんなが続々と集まってきました。亡くなってから人が集まるというのも、なんだかな感じではありますが、でもこうやって故人やご先祖様が親戚の繋がりを結びなおしてくれているような気がします。
子供のころから行き慣れた場所ですがいわゆる限界過疎地。
でもこの時期ばかりは子供たちの声が響いています。
今年のお盆はあちこちお墓参り。
そんな歳になってきました(笑)
皆さまも良いお盆休みを。
これで3年連続です。
それまではなんとも思っていなかったのに、行き始めてからというもの、時期か近づいてくるとムズムズしてしまうのが不思議です(笑)阿波踊り、やヨサコイなど日本には様々な盆踊り(?)がありますが、郡上踊りは風情もあり、ローカル感もありつつでおススメです。春駒♪がかかるとテンションが上がる自分が日本人だなぁ~なんて思ったりまします。
今年は郡上八幡も暑かったですが、こんな風景が涼感を呼んでくれます。
今年はスケジュールの都合で徹夜踊りには参加できませんでしたが、また機会があれば徹夜踊りで参加したいです。
そして昨日は一足先にお墓参り。
子供のころから行っている、父の実家へ。
昨年、伯母が無くなり、今年は初盆ということもあり、親戚のみんなが続々と集まってきました。亡くなってから人が集まるというのも、なんだかな感じではありますが、でもこうやって故人やご先祖様が親戚の繋がりを結びなおしてくれているような気がします。
子供のころから行き慣れた場所ですがいわゆる限界過疎地。
でもこの時期ばかりは子供たちの声が響いています。
今年のお盆はあちこちお墓参り。
そんな歳になってきました(笑)
皆さまも良いお盆休みを。
2018年8月9日木曜日
カウンセリングを超えるコミュニケーションの力。
コミュニケーションを介してやり取りされる「言葉」の力は言葉単体の持つ静的な力でなく、相互にダイナミックに働き続ける動的な力です。それは、身体の治癒力をこえて、心の治癒力に働きかけます。セラピストの知識や技術、雰囲気や場の力…それらが届くも届かないも、セラピストの関わり方、つまりコミュニケーション次第なのです。
セラピーや治療と言う場面をイメージしてみてください。
施術者がいて、クライアントさんがいて、その間をつなぐのが施術者の持つ知識と技術。
だけではありません。
お部屋の雰囲気に気をつけたり、施術に使うベッドやタオルなどに気をつけたり、香りに気をつけたり、施術者自身のたたずまいに気をつけたり…。色々あると思います。
私たちセラピストはセラピーにおいて施術や知識だけでは足りないことは経験的に分かっています。しかし、それら一つひとつのパーツを作り上げても、それらが上手く作用するためのスイッチが押されなければ、あまり意味はありません。
そうしたそれぞれぞれのパーツを包み込み、繋げ、相互作用を引き出す誘因となるのがコミュニケーション、つまり、セラピストの関わり方です。
セラピストのためのコミュニケーションと言うと、すぐにカウンセリングに結び付けてしまいがちですが、そうではありません。もちろん、カウンセリングでも使えますが、クライアントさんとの対話全てが含まれます。
コミュニケーションの重要性はセラピストととして私自身も痛感しています。
ヨーガ療法士の養成講座は当時で5年くらい(長い!!・笑)なので、その中でカウンセリングの講義時間は他の養成講座なんかに比べると格段に多く本格的でした。
ただ、実際に自分がセラピストをやりだして、すぐに分かったことなんですが、セラピーと言う場面ではなかなか使いにくなぁということです。
お問合せがあり、お申込みいただき、実際にお会いし、カウンセリング、施術、色々なおしゃべり、フォローをして。
ザックリ書いたこれだけでも、カウンセリングって一部なんです。
それ以上に、クライアントさんと色々関わっているんです。そして、よくよく考えてみると、このカウンセリングの関わりかただけどうも不自然(笑)
オウム返し…必ず習いますよね。
ミラーリングとか…。
質問をせずにただ聴く…とか。
私、結構まじめちゃんなんで、ちゃんとやっていたんです。(最初のうちは)
でもダメでした(笑)もちろん上手くやってのける人もいると思うのですが、カウンセリングではなく、ある特定の技術を使ったセラピーや施術の場合、これだけでは当然上手くいくわけがないのです。
それともう一つ。特に全体性とかホリスティックという視点で施術をされている方。これもまた一般的に言われているカウンセリングの手法は向かないと実感しています。なぜかと言えば、決定的に視点が違っているからです。
ホリスティックと言う言葉は、あまりに漠然としているので其々に意味合いが違うと思うのですが、私はつながりや関係性だと思っています。原因を探し出す視点はこの関係性やつながりをブチブチと切ってしまうからです。わたしはこれをクローズな視点と言っていますが、関係性やつながりの視点はオープンな視点で全く逆のベクトルです。
つまり施術の意図とコミュニケーションの意図がちぐはぐ。セラピスト側も、よく分からない不全感が残るし、ねじれてるわけですから、抱えなくていい精神的な負荷が結構かかります。当然、クライアントさんにとっても良いわけがありません。
よくセラピストや治療家の方から
*初診のクライアントさんにどう接していいか分からない。
*クライアントさんとの会話が苦手。
*クライアントさんの負のパワーに巻き込まれないようにするために、セラピーに関すること以外あまり関わらないようにしている。
*なんとか助けてあげたい!!と、気がついたら全身全霊で受け止てしまい、ご自身がバーンアウトし、セラピストを辞めようと思う。
*クライアントさんに共感できない。
という言葉をききます。
これらの事はすべてセラピストの関わり方、つまりコミュニケーションの問題です。とっても素敵でまじめなセラピストや治療家さんなのに、その方法を知らないがために損してるのは、もったいないなぁと個人的には思います。
私たちは当たり前に日本語が使え、特にコミュニケーションが得意な人ほど、コミュニケーションについて考えることはないと思います。
でも施術や治療という場面に必要なコミュニケーション法があります。これは日常で使っているコミュニケーションをそのまま持ち込むことはできないという事です。
そろそろ、施術時の自分のコミュニケーションについてちょっと振り返ってみませんか?
セラピスト・ボディーワーカーのための
□日時:8/25(土)14:30~18:00
□料金:5,000円
□会場:roomCREA(名古屋市千種区)
詳細はこちらをご覧ください ⇒ http://yoganicca.com/holicommu2018
受講者の方の声をご参考ください ⇒ http://yoganicca.com/wsvoice
ホリスティックコミュニケーションの大きな特徴
1. セラピーや治療を変えることなく、“コミュニケーションの効果”を足して使える
2. すぐに使うことができる
3. 自分自身に、そしてクライアントさんに負荷をかけることなく施術効果があがる
ホリスティックコミュニケーションはホリスティック医学協会副会長で現・彦根市立病院緩和ケア部長の黒丸尊治先生が心療内科時代から今に至るまで実際の臨床の場で使い、構築されてきた方法です。この講座は黒丸先生から直接トレーニングを受けている認定カウンセラーが担当します。
黒丸先生主催のホリスティックコミュニケーション実践セミナーは東京と京都で開催されています。ご興味のある方はこちらもご覧ください ⇒ http://kuromarutakaharu.com/
セラピーや治療と言う場面をイメージしてみてください。
施術者がいて、クライアントさんがいて、その間をつなぐのが施術者の持つ知識と技術。
だけではありません。
お部屋の雰囲気に気をつけたり、施術に使うベッドやタオルなどに気をつけたり、香りに気をつけたり、施術者自身のたたずまいに気をつけたり…。色々あると思います。
私たちセラピストはセラピーにおいて施術や知識だけでは足りないことは経験的に分かっています。しかし、それら一つひとつのパーツを作り上げても、それらが上手く作用するためのスイッチが押されなければ、あまり意味はありません。
そうしたそれぞれぞれのパーツを包み込み、繋げ、相互作用を引き出す誘因となるのがコミュニケーション、つまり、セラピストの関わり方です。
セラピストのためのコミュニケーションと言うと、すぐにカウンセリングに結び付けてしまいがちですが、そうではありません。もちろん、カウンセリングでも使えますが、クライアントさんとの対話全てが含まれます。
コミュニケーションの重要性はセラピストととして私自身も痛感しています。
ヨーガ療法士の養成講座は当時で5年くらい(長い!!・笑)なので、その中でカウンセリングの講義時間は他の養成講座なんかに比べると格段に多く本格的でした。
ただ、実際に自分がセラピストをやりだして、すぐに分かったことなんですが、セラピーと言う場面ではなかなか使いにくなぁということです。
お問合せがあり、お申込みいただき、実際にお会いし、カウンセリング、施術、色々なおしゃべり、フォローをして。
ザックリ書いたこれだけでも、カウンセリングって一部なんです。
それ以上に、クライアントさんと色々関わっているんです。そして、よくよく考えてみると、このカウンセリングの関わりかただけどうも不自然(笑)
オウム返し…必ず習いますよね。
ミラーリングとか…。
質問をせずにただ聴く…とか。
私、結構まじめちゃんなんで、ちゃんとやっていたんです。(最初のうちは)
でもダメでした(笑)もちろん上手くやってのける人もいると思うのですが、カウンセリングではなく、ある特定の技術を使ったセラピーや施術の場合、これだけでは当然上手くいくわけがないのです。
それともう一つ。特に全体性とかホリスティックという視点で施術をされている方。これもまた一般的に言われているカウンセリングの手法は向かないと実感しています。なぜかと言えば、決定的に視点が違っているからです。
ホリスティックと言う言葉は、あまりに漠然としているので其々に意味合いが違うと思うのですが、私はつながりや関係性だと思っています。原因を探し出す視点はこの関係性やつながりをブチブチと切ってしまうからです。わたしはこれをクローズな視点と言っていますが、関係性やつながりの視点はオープンな視点で全く逆のベクトルです。
よくセラピストや治療家の方から
*初診のクライアントさんにどう接していいか分からない。
*クライアントさんとの会話が苦手。
*クライアントさんの負のパワーに巻き込まれないようにするために、セラピーに関すること以外あまり関わらないようにしている。
*なんとか助けてあげたい!!と、気がついたら全身全霊で受け止てしまい、ご自身がバーンアウトし、セラピストを辞めようと思う。
*クライアントさんに共感できない。
という言葉をききます。
これらの事はすべてセラピストの関わり方、つまりコミュニケーションの問題です。とっても素敵でまじめなセラピストや治療家さんなのに、その方法を知らないがために損してるのは、もったいないなぁと個人的には思います。
私たちは当たり前に日本語が使え、特にコミュニケーションが得意な人ほど、コミュニケーションについて考えることはないと思います。
でも施術や治療という場面に必要なコミュニケーション法があります。これは日常で使っているコミュニケーションをそのまま持ち込むことはできないという事です。
そろそろ、施術時の自分のコミュニケーションについてちょっと振り返ってみませんか?
セラピスト・ボディーワーカーのための
心の治癒力を引き出し施術効果をあげる
ホリスティックコミュニケーション法
□日時:8/25(土)14:30~18:00
□料金:5,000円
□会場:roomCREA(名古屋市千種区)
詳細はこちらをご覧ください ⇒ http://yoganicca.com/holicommu2018
受講者の方の声をご参考ください ⇒ http://yoganicca.com/wsvoice
ホリスティックコミュニケーションの大きな特徴
1. セラピーや治療を変えることなく、“コミュニケーションの効果”を足して使える
2. すぐに使うことができる
3. 自分自身に、そしてクライアントさんに負荷をかけることなく施術効果があがる
ホリスティックコミュニケーションはホリスティック医学協会副会長で現・彦根市立病院緩和ケア部長の黒丸尊治先生が心療内科時代から今に至るまで実際の臨床の場で使い、構築されてきた方法です。この講座は黒丸先生から直接トレーニングを受けている認定カウンセラーが担当します。
黒丸先生主催のホリスティックコミュニケーション実践セミナーは東京と京都で開催されています。ご興味のある方はこちらもご覧ください ⇒ http://kuromarutakaharu.com/
2018年8月7日火曜日
死について。
「死」について。
重いテーマだけど、誰もが100%の致死率で生きているので避けて通れない出来事。それに、この高齢化社会を迎えて、私たちは多くの「死」に「突然」対面することになって慌てているし、不安もあったりします。だからこそ、色々なところで「死」についてのワークショップや講演会が開催されているし、本もたくさん出ているわけです。
これはまだまだ深めていかなければいけない事柄なので、あくまでも今現在の私の考えです。今回は備忘録のブログ。
死を考えることは生を考えること。つまり生=死であり、死=生。
確かにそうだと思います。思うのですが…、こういうたぐいの話になると、まず最初に出てくるのが「死にざま」の話。管に繋がれて死にたくない、家族のもとで、植物が枯れる様に、中には自分で死を決める…など色々あると思うのですが、自分の死にたい死にざまで死ねる人が一体どれほどいるんだろうか…と思うのです。
「理想の死」。死の形を明確に設定すればするほど本人も周りの家族も苦しむような気がします。
そして、その「理想の死」をもとに、生き方を考えるわけです。多くの場合この生き方は仕事や家族、さまざまな種類はあれど、「どう自己実現するのか」という話だったりします。計画をたて、それを達成し…。
自己実現が叶えば理想の死を迎えれるのか?
疑問です。
生=死、死=生と言いながらも、この発想は死の直前の事柄までの視点。つまり生だけなように思うのです。生と死が分離している感じです。
多分、本質的に「死」そのものについて意味を見いだせていないからだろうし、結局きれいごとにしてしまっているように思います。
死とはなんだろう? 私の存在とは何だろう?
もはや医療や心理という事だけでは言い切れない内容です。
昔(大昔)の文献をみてみても、たくさんの死についての書や絵図が残っていることから「死」についての問題は究極的な問題だったということは想像に難くないことです。環境も様々な背景も今と昔では違うので全てを参考にすることはできないですが、ただ、死に対しての創造性や柔軟性は格段に今よりあったことは間違いありません。
…ということで、直球で文章も書けませんし、だから全くまとまっていません。更にひとつも答えは出ていませんが、今日はこの辺まで。
一年後どの程度自分の考えを吐露できるようになっているのか。自分自身に期待を込めて(笑)
重いテーマだけど、誰もが100%の致死率で生きているので避けて通れない出来事。それに、この高齢化社会を迎えて、私たちは多くの「死」に「突然」対面することになって慌てているし、不安もあったりします。だからこそ、色々なところで「死」についてのワークショップや講演会が開催されているし、本もたくさん出ているわけです。
これはまだまだ深めていかなければいけない事柄なので、あくまでも今現在の私の考えです。今回は備忘録のブログ。
死を考えることは生を考えること。つまり生=死であり、死=生。
確かにそうだと思います。思うのですが…、こういうたぐいの話になると、まず最初に出てくるのが「死にざま」の話。管に繋がれて死にたくない、家族のもとで、植物が枯れる様に、中には自分で死を決める…など色々あると思うのですが、自分の死にたい死にざまで死ねる人が一体どれほどいるんだろうか…と思うのです。
「理想の死」。死の形を明確に設定すればするほど本人も周りの家族も苦しむような気がします。
そして、その「理想の死」をもとに、生き方を考えるわけです。多くの場合この生き方は仕事や家族、さまざまな種類はあれど、「どう自己実現するのか」という話だったりします。計画をたて、それを達成し…。
自己実現が叶えば理想の死を迎えれるのか?
疑問です。
生=死、死=生と言いながらも、この発想は死の直前の事柄までの視点。つまり生だけなように思うのです。生と死が分離している感じです。
多分、本質的に「死」そのものについて意味を見いだせていないからだろうし、結局きれいごとにしてしまっているように思います。
死とはなんだろう? 私の存在とは何だろう?
もはや医療や心理という事だけでは言い切れない内容です。
昔(大昔)の文献をみてみても、たくさんの死についての書や絵図が残っていることから「死」についての問題は究極的な問題だったということは想像に難くないことです。環境も様々な背景も今と昔では違うので全てを参考にすることはできないですが、ただ、死に対しての創造性や柔軟性は格段に今よりあったことは間違いありません。
…ということで、直球で文章も書けませんし、だから全くまとまっていません。更にひとつも答えは出ていませんが、今日はこの辺まで。
一年後どの程度自分の考えを吐露できるようになっているのか。自分自身に期待を込めて(笑)
2018年8月6日月曜日
高野山に行ってきました。
7月の下旬から、大学院のスクーリングで高野山に行っていました。今年は高野山も例年より暑い日が多いようですが、朝晩は涼しく、まだ、アジサイが咲いていました。
ちなみに、よく間違われるのですが、私は修行しているわけではありません(笑)。普通の大学院生です。確かに学内には加行道場があったり、瞑想の部屋がありますが、校舎はいたって普通です(笑)
ちなみに、よく間違われるのですが、私は修行しているわけではありません(笑)。普通の大学院生です。確かに学内には加行道場があったり、瞑想の部屋がありますが、校舎はいたって普通です(笑)
今回は密教や仏教の美術について学んできました。高野山の良いところは、大学内だけではなく、大学から一歩外に出ても、学ぶ環境だという事です。高野山に滞在している時はなるべく奥の院の朝の勤行には参加するようにしています。
ちなみに、こんなことを言うと怒られそうですが、高速般若心経(3回)が個人的にはかなりツボです。さらに言えば、私は今だに覚えていません…。
今回のスクーリングで自宅の近隣になかなか面白いお寺さんがある事を知ったので、近いうちにフィールドワークしてくる予定です。でも課題もたくさんあるので、暑さで心が折れそうですが、なんとか乗り切っていこうと思います。
高野山まで名古屋から電車で5時間。意外とすぐ行けます♪ ご興味がある方は一度、高野山まで足を延ばしてみてください。
高野山まで名古屋から電車で5時間。意外とすぐ行けます♪ ご興味がある方は一度、高野山まで足を延ばしてみてください。
2018年7月27日金曜日
ヨーガに教えてもらったこと。
私自身がヨーガに教えてらった一番の事が「自分との上手な関わり方」だと思います。
身体との関わり方はもちろんの事、心や思考、霊性への関わり方、つまり「在り方」についてです。この学びは今もですし、これからも続きます。とりあえず、この時点までで私自身が経験したことを踏まえて開催しているのが「こころとつながるヨーガ」です。
根幹は変わりませんが、形式や取り扱う内容など、これまでも色々と変化をしているクラスですが、今後も間違いなく進化という名の変化をします♪
ヨーガは生き方や在り方という事にたいして非常に洗練した実践的システムという側面を持っています。身体に気づくことは勿論ですが、自分の感情や思考にも気づくことができるように体系づけられています。
その拠り所になるのが、ヤーマ・ニヤーマという10の教えです。この教えをもとに、今の自分の位置を確認する地図となります。地図を歩く場所は日常です。私自身もこの教えをより所に、少しずつ進んできました。
生きにくさを作り出しているのは自分…確かにそうなんですが、じゃぁどうすればいいの?という時にこの基本的な10の教えは非常に役に立ちますし、何度も助けてもらいました。
なので、この一年はこのヤーマ・ニヤーマを取り上げてみようと思います。これは私にとっては結構チャレンジングな事です!結構ドキドキです。
哲学的な思索を深めるのではなく、どうやってこの教えを日常で活かすのか、どんな場面で活かせるのかという事が目的です。そして、今回のテーマは「アヒムサー(非暴力)。
一番大切で、一番の土台。そして私の緊張も(いい意味でね)時間を追うごとに増す!!(笑)
ということで、本日19:00~開催します。ヨーガが初めての方でも全く問題ありません。ご興味がある方はご連絡くださいませ。一緒に自分との上手な関わり方を見つけていきましょう。
お問合せ・詳細 ⇒ http://yoganicca.com/tsunagaruws
身体との関わり方はもちろんの事、心や思考、霊性への関わり方、つまり「在り方」についてです。この学びは今もですし、これからも続きます。とりあえず、この時点までで私自身が経験したことを踏まえて開催しているのが「こころとつながるヨーガ」です。
根幹は変わりませんが、形式や取り扱う内容など、これまでも色々と変化をしているクラスですが、今後も間違いなく進化という名の変化をします♪
ヨーガは生き方や在り方という事にたいして非常に洗練した実践的システムという側面を持っています。身体に気づくことは勿論ですが、自分の感情や思考にも気づくことができるように体系づけられています。
その拠り所になるのが、ヤーマ・ニヤーマという10の教えです。この教えをもとに、今の自分の位置を確認する地図となります。地図を歩く場所は日常です。私自身もこの教えをより所に、少しずつ進んできました。
生きにくさを作り出しているのは自分…確かにそうなんですが、じゃぁどうすればいいの?という時にこの基本的な10の教えは非常に役に立ちますし、何度も助けてもらいました。
なので、この一年はこのヤーマ・ニヤーマを取り上げてみようと思います。これは私にとっては結構チャレンジングな事です!結構ドキドキです。
哲学的な思索を深めるのではなく、どうやってこの教えを日常で活かすのか、どんな場面で活かせるのかという事が目的です。そして、今回のテーマは「アヒムサー(非暴力)。
一番大切で、一番の土台。そして私の緊張も(いい意味でね)時間を追うごとに増す!!(笑)
ということで、本日19:00~開催します。ヨーガが初めての方でも全く問題ありません。ご興味がある方はご連絡くださいませ。一緒に自分との上手な関わり方を見つけていきましょう。
お問合せ・詳細 ⇒ http://yoganicca.com/tsunagaruws
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